にらみ合い・考

名古屋場所千秋楽結びの一番、白鵬のにらみに対し、照ノ富士が負けずににらみ返し・・・この時点で「白鵬のペースに引きずり込まれてるな」と思ったが、案の定と言うべきか、にらみ合いの延長のような荒っぽい相撲の末、照ノ富士は破れた。

白鵬-照ノ富士(NHKテレビより)

仕切り直し時のにらみ合いというのは、いつごろ誰が始めたものだろう?

千代の富士の場合

千代の富士が若手の頃、横綱輪島をにらみ付け、輪島も応じてにらみ返し、場内大喝采ということもあった。解説の親方(誰かは未確認)が「横綱に対して失礼だ」とコメントしたところ、視聴者から「若い者らしく闘志があっていいじゃないか」という意見が殺到したそうだ(北出清五郎氏による)。

当の千代の富士自身は「自然に、ああなっちゃうんだ」と言っていたとか。

輪島(雑誌『大相撲』読売新聞社/1980年秋場所総決算号72ページ)

また千代の富士は、大関時代の1981年名古屋場所二日目、二連敗していた北天佑をにらみ付け、アナウンサーも高揚気味に「千代の富士、気合いが入っています」と言った。相撲はスピードで北天佑を圧倒して勝った。

これも千代の富士だが、その年九州場所は休場明け。一敗でトップを進むも終盤で二連敗。追い詰められての千秋楽、朝汐との優勝決定戦の仕切りで、この野郎という感じでにらみ付けた(杉山邦博氏の感想)。

千代の富士は「あの時は、ハッタリでも何でもいいから、相手に威圧を与えようと思った」という。

千代の富士はこの決定戦に勝って、有名な「涙の優勝」となった。

81年九州 優勝決定戦 千代の富士-朝汐(DVD「昭和の名力士 6」より画面を撮影)

「余裕のなさ」ゆえか

千代の富士のトレードマークともなっていた「にらみ」だが、次第にしなくなっていった。

横綱として場所を重ねるうちに、余裕が出てきたのではないかと思う。

裏返せば「弱い犬ほどよく吠える」と言っては千代の富士に失礼すぎるが、上に挙げた二番の相撲のように、どこか、余裕のなさの反映という面があったとは言えるかも知れない。

輪島に対しにらんだのも「若気の至り」とでも言えるか。

 にらみ合いは仕切りでするもの

本来、お互いににらみ合うのは、手をついて仕切っている時にするべきものだと思う。

この仕切りで立つかも知れない、と思えば相手から目は離せまい。今にも立つぞ、という緊張感の中では自然ににらみ付けるようになるのは理解できる。

ところが、仕切りの時には淡々と手を着く所作を儀礼的に行い、呼吸が合わないで仕切り直しになったら執拗ににらみ合うというのでは逆ではないか。

「この二人、仲が悪いのか? 日ごろ何かあるのか?」と思いたくなる。

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横綱が、大関だった貴乃花貴ノ花)をにらみ付けた。貴乃花もにらみ返して、しばしにらみ合いとなった。曙の挑発に乗った形になった貴乃花は負けた(確か、93年名古屋の決定戦だったと思う)。

貴乃花が横綱になって数場所を経た95年夏の曙戦。曙がにらむと、貴乃花は相手にならないで、視線を受け流すようにした。

曙は、相撲を取る前から「負けた」と思ったそうだ。

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貴乃花(『歴代横綱71人』ベースボール・マガジン社/巻頭グラビアより)

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