2004年夏場所、新入幕の白鵬を見たときの印象を忘れることはできない。
十二勝という成績も見事だったが、それだけではない。
朝青龍以上の素質だということはすぐわかった。
これは大相撲史上最強と言われる力士になるのでは――と、そう思った。
この力士を注目しないわけにはいかなかった。
「好き」になったというより「期待していた」と言った方がいいかも知れない。
▼理想は「後の先」の立ち合い
横綱相撲は、力士の個性によって色々あっていいと思う。
典型的には双葉山の「受けて立つ『後の先』の立合い」が挙げられるところだろう。
しかし、千代の富士のような鋭く踏み込んで前ミツを取っての出足というのもある。
それが千代の富士の横綱相撲。千代の富士に「後の先」を求めても無理だ。
でも白鵬にはできたと思う。
白鵬は「双葉山を目標にしている」と言っていた。
白鵬には格好の目標だと思った。
白鵬が「後の先」の立ち合いを体得すれば、七十連勝も可能だったのではないか。白鵬はそれができる力士だったはず。
双葉山のような大横綱、しかも双葉山以上の大横綱、白鵬ならなれると思った。

▼「相撲への執念」を燃やして欲しかった
白鵬の張り差しや変化が嫌だったのは「あれほどの人素質の人が、そんな小技に頼って欲しくない」と思うから。
今年名古屋場所での優勝のとき「白鵬の勝負への執念」という言葉をよく聞いた。
だが、今どき綺麗事に過ぎると言われるかも知れないが「勝負」ではなく「相撲への執念」を燃やして欲しかった。
自分の相撲を取り切る事への執念。
勝負は後からついてくる、と。
それは、あんな相撲ではなかったはず。
双葉山の再来にして双葉山以上――を期待したが、それは叶わなかった。
▼一つ引っかかっていること
一つ、白鵬に同情するなら、彼は自分が活躍することが、この国では必ずしも歓迎されていないことを感じていただろう。
大相撲に一番貢献しているのは俺なのに、という思いがあっただろうことは十分想像できる。
そんなことが白鵬の心を屈折させていたかも知れないとは思う。
(長年、相撲放送に携わった元NHKアナウンサー・杉山邦博氏によれば、白鵬は「日本人の横綱がいないのは寂しいね」といった声を、意外と気にするらしい)
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白鵬の部屋にはチンギス・ハーンの肖像と共に双葉山の写真が掲げてある。