どうしてこうなった~相撲の「やり直し」

DVDマガジン「大相撲名力士風雲録」シリーズ(ベースボール・マガジン社)は、収録されている番数も多く、ファンならぜひ手元に置いておきたい(と言いながら、実は私、一番好きだった千代の富士はまだ入手していない)。

一番最初に発売されたのは「北の湖」。私もこれは最初に入手した。

その中に、ちょっと気になった部分がある。

1975年名古屋場所初日の高見山戦。

(以下、写真は同DVDより画面を撮影)

北の湖が高見山を寄り切った映像。

「軍配は高見山。しかし、物言いがついた」とのナレーション。

協議の映像。

スローモーションにかぶせてナレーション「高見山の叩き込み。北の湖は右膝が着きかかるが、辛くも残し、高見山を寄り切った。しかし行司の庄之助は高見山に軍配。物言いがつき、11分もの協議の末、取り直しとなった」

ナレーション「取り直しの一番は、あっさりと北の湖が寄り切った」

これを見た人の多くは「なんで高見山に軍配が上がったんだ?なんで取り直しになったんだ?」と、意味がわからないのではないだろうか。

このわけについては、前回紹介した『大相撲への招待』(北出清五郎著/廣済堂)に詳しい。

・・・高見山は右へ回って突き落としをみせ、北の湖の身体が大きく泳いだ。このとき行司木村庄之助は北の湖の右手がついたと見て軍配を高見山に上げたが、北の湖は体勢を立て直すとそのまま出て行って寄り切った。

 北の湖は当然自分が勝ったと思い、高見山は軍配が自分に上がったのを見たので力を抜いたと主張し、大いにもめた。

 五人の審判が土俵に上がって長い協議を重ね、ビデオ室の意見も聞いたが、北の湖のつき手は確認できなかった。つまり、北の湖は負けていないというわけ。さりとて、高見山は自分に軍配が上がったのを見て力を抜いたのだから、これも負けではない。

 結局取り直しという裁きになったが、途中から継続するのは体勢上むずかしいので、はじめから取り直して北の湖が勝った。

(122ページ/補足すると、本来、軍配が間違って上げられた直前の状態に戻して再開〔水入り後の再開のように〕したいところだが、叩きに体勢を崩したところから始めるのは難しいので、やむなく最初からやり直した、ということ)

二十六代木村庄之助が、西・高見山に軍配を上げている

(一番上の写真では、高見山が行司の方を見ているのがわかる。正確には、軍配を見て力を抜いたのではなく、行司の「勝負あり」の声が聞こえて力を抜き、それから軍配を見たのだろう。北の湖の手は、かなり際どいが、スレスレ着いてはいない)

これはナレーションの説明不足だと思う(むろんナレーターの武房敦司氏が悪いのではなく、脚本に問題がある)。

事情が分かっている人は、ついつい無意識に説明を省いてしまうことがあるもの。

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