強すぎて心配~北の湖

「憎らしいほど強い」と言われた横綱北の湖に、こんなエピソードがある。

『歴代横綱71人』(ベースボール・マガジン社)巻頭口絵写真

書いているのはNHK相撲アナウンサーの北出清五郎。北の湖の現役時代に書かれたもの。

横綱北の湖のけい古はスゴイの一言に尽きる。まさに「取っては投げ、千切っては投げる」という形容そのものだからである。出羽一門の連合けい古を見ていると、どんな相手でも、北の湖にかかったかなと見る間に右か左に吹っ飛んでしまう。

このけい古を見ていた三人の男子高校生が、私にこんな質問をした。

「北出さん、北の湖はあんなけい古でいいんですか、強すぎてかえって心配です」

まことに鋭い、核心を衝く質問。

実は、本場所の北の湖が、思わぬ相手に不覚を取り、苦汁を飲まされることがある。これが、実は強すぎるけい古に起因していると思われるのだ。

つまり、けい古場ではとてもかなわぬ相手だからと投げ飛ばされていた力士も、本場所では、なんとか一泡吹かせてやろうと必死で飛びかかって行く。北の湖の方は、稽古場での力から大したことはないと思っていると、思わぬ抵抗にあって慌てる。こんな筈はないと焦る。そして不覚を取る。あまり強すぎてかえって負けるというのが北の湖である。

そこで老婆心ながら北の湖に提言するとすれば、けい古場では、どんな相手でも一度受け止めて、相手に力を一杯出させたところで料理するようにすればいいと思う。北の湖が。大鵬の三十二回優勝の記録に追いつき、追い越すためには、そんなけい古が大事だと思う。

『はなしのふれ太鼓』北出清五郎著/廣済堂 59‐60ページ

この北の湖の弱点がモロに表れたのが朝潮戦だったと思う。

朝潮は、北の湖が大の苦手とした相手で、対戦成績13勝7敗、「北の湖キラー」と呼ばれた。この「憎らしいほど強い」横綱に大きく勝ち越しているという点では、ほとんど唯一の力士といっていい。

朝潮(月刊『大相撲』読売新聞社/1982年夏場所総決算号 巻頭写真)

この朝潮に対しても、北の湖は稽古場では圧倒していたという。当時の相撲誌の巡業レポートでも、本場所で負け越しているのが信じられないくらい子ども扱いしている、などと書かれていた。

その朝潮の弁「(北の湖は)立ち合いに思い切り当たって一歩でも後退させると、滅多に下がったことがないものだから、急にあわてて自分から墓穴を掘ってくれるんだよな」(『歴代大関大全』ベースボール・マガジン社/51ページ)

『大相撲』1982年夏場所総決算号「夏場所熱戦グラフ」より

まさに、稽古を見学した高校生の危惧が現実のものとなったのが朝潮戦だったと言える。

相撲評論家・小坂秀二も「取り口としては、攻防自在を期待したが、北の湖の性格もあって、攻撃一本となった。もし北の湖に守りの強さがあったならとは誰しも思うところである。私などもその一人で『一歩ふみこんで相手をつかまえ、じっくり攻めたら無敵だ』と言ったものである・・・」(『昭和の横綱』小坂秀二著/冬青社 236ページ)。そしてそのために小坂は「北の湖は、もっと胸を出す稽古をしろ」と注文を付けた。

相手を圧倒する北の湖(左)の強さ(『大相撲』1982年夏場所総決算号「夏場所熱戦グラフ」より)

再三言うように、北の湖は「憎らしいほど強い」とまで言われた。だが私が見ても、どこかドッシリとした安定感に欠けていた。何か、あたふたと慌てることが多いという印象だった。その原因が普段の稽古にあったのというのは当たっていると思う。それは小坂が指摘するように、北の湖の攻撃一本槍な性格(一つの魅力ではあるのだが)のため、胸を出すことをあまり好まないという理由もあった。

『歴代横綱71人』巻頭口絵写真より

その点、千代の富士が、小錦対策で高砂部屋に出稽古に赴き「こいつは、どんな突きを持っているんだろう」と研究しつつ取り組んだのは対照的な姿勢だった。千代の富士はまた、北勝海に積極的に胸を出した。北勝海を育てるとともに、自身も、あの稽古がなければ、あそこまではやれなかったと告白している。軽量ながら、全盛期には自分より大きい相手にがっぷりでも引けを取らなかった秘訣が、そこにあるだろう。

北勝海に胸を出す千代の富士(DVD「大相撲大全集~昭和の名力士6」/NHKソフトウェアより画面を撮影)

強ければ、勝てばいいというものではない――稽古の難しさ、奥深さを考えさせられる。

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。