力士の手形あれこれ

『奈落の底から見上げた明日』照ノ富士春雄・著

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力士のサイン入り手形というものを初めて見たとき――実物ではなく、相撲の本のカラーページに印刷されたものだったが――力士が自分の手に朱墨を筆で丹念に塗り、色紙にギュッと押し付ける、という光景を想像していた。

だから、テレビで実際の手型押しの様子が映され、大きな朱肉を使って、たくさん重ねた色紙にポンポンと流れ作業のように押していき、

DVD「横綱千代の富士~前人未到 一〇四五勝の記録~」より

それを、ポーンポーンと、無造作に投げて広げて乾かしているのを見たときには、ずいぶん醒めた思いになったものだった。

DVD「横綱千代の富士~前人未到 一〇四五勝の記録~」より/投げた色紙が宙を舞っている

まあ、人気力士ともなれば手形の注文も多いことだろうから、一枚一枚丁寧に、などということをやっていたら丸一日費やしても片付かないだろうが、相撲誌にこんな投書が載ったことがある(相撲協会機関誌『相撲』1980年九州場所総決算号 読者欄)。

《好ましくない力士の手形押し》

相撲ファンが力士のサインや手形を欲しがる気持ちはよくわかる。しかし、それが本人や家族の記念の品として大事に取り扱われているかどうか、ということになれば甚だ疑問である。その証拠に、本誌の「たまり席」における「求めています」と「ゆずります」欄に見られるように、交換希望や、あるいは金銭による売買が行われている。これはごく一部の人であると思うが、サインや手形を求めた力士たちに対しても非常に失礼な行為だし、見方によってはそれが目的でサインや手形をもらっていると考えられないこともない。

また、いくら職業だからといって天下の横綱、大関が山と積まれた色紙にベタベタとやっている図は見られたものではなく、まったくもってみっともない。(中略)もらう側はもっと大事に取り扱うのが礼儀だし、力士もやたらに乱発すべきではないと思う。(以下略)

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(引用文中「求めています」「ゆずります」欄というのは、相撲誌に限らず昔の雑誌によくあった、例えば「1970年の『相撲』誌を一年分、適価にて譲ってください」「増位山のレコードを二千円でお譲りします」等々、自分の氏名住所を明記して、読者同士でアイテムを交換したり、売買したりするためのページのこと。『相撲』誌では「たまり席」という名称だった。今は個人情報の扱いも慎重になっているし、欲しい物があればネットで探すだろうから、こういう欄は見られない)

私は、この投稿者と同じようには思わないが、手形押しの映像に醒めた身としては、わかる気もする。「数百枚も押すと手のひらがはれ上がる」(※)というし、こんなことに時間を取られるなんて・・・という気持ちもないではない。

(※北出清五郎『相撲のわかる本』広済堂52ページ)

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この「醒める」光景を逆手に取って、こんな「芸」を披露する力士もいる(相撲協会公式動画)。

上に引用した『相撲』誌と、たまたま同じ号の「しつぎおうとう」という、池田雅雄氏が読者の質問に回答する欄には「サイン入り手形はいつごろから始まったのか」という質問が載っていて、それに対する池田氏の答え。

戦前の昭和初期のころまでは、筆を持つのを嫌う力士が多く、サインをしたがりませんでした。また手形も、今のように色紙を山と積んで、たくさん押す人はいませんでした。今のようにサインや手形を要請するファンが多くなったのは戦後の流行です。

手形を押すと、しこ名を書くのは江戸時代からですが、その頃は手形の脇に小さく書きましたが、今のように手形の上に大きくサインするようになったのは昭和になってからです。 

(238ページ)

北出清五郎氏によると「昔は墨で手形を押したものだが、朱肉の方が華やかなので、いつの間にか墨ではやらなくなった」(『相撲のわかる本』52ページ)とのことだが、上の映像では墨を使っている。

なお私は、どちらかというと書籍やDVDは集めたいが、手形やサインはあまり欲しくはない方だ。

手形の皿なら、北の湖のものを一枚だけ持っている。国技館とか巡業で買ったのではなく、どこだか忘れたが古道具市で入手した物。

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